性行為の3つの側面
思春期の頃から「性のことを知りたい」という気持ちはあったのに、身近な大人や学校から受け取るのは「ダメ」「危ない」といったメッセージばかり。触れ合いたい、親密になりたいと思う自分の気持ちは、どこかいけないことのように感じてしまっていました。
大人になってから性教育を学び直す中で、「性行為には3つの側面がある」という考え方に出会い、はじめて自分の気持ちを肯定できるようになったのです。今日は、その学びを学生時代の体験とあわせてお話ししたいと思います。
性行為の3つの側面
学生時代の経験
恋人ができると、特に母が厳しくなった学生時代。直接的には言われないけれど、とりあえず圧が凄かったのを覚えています。兄や弟たちも言われていたのだろうけど、おそらく私が兄弟で一番やいやい言われていたと思います。
4人のきょうだいで唯一の女の子だったからなのか…もちろん、母の言いたいこともわかるので、割と言うことを聞いていたと自分では思っています。(多分、母はそう思ってはいないけど…)
身近な大人たちが性をタブー視する態度は、私の「人を好きになる」「親密になりたい」「触れ合いたい」という気持ちを認めてくれるものではありませんでした。どこか後ろめたさや罪悪感を抱えたまま、学生時代を過ごしていました。
性について興味関心があった思春期。学校や家庭から受け取るメッセージは、だめだめという禁止と、こんなことになったら大変という脅しがほとんど。知りたいと思っていた性のことは、誰に聞いたらいいのか、どこでわかるのか…
看護学を専攻していたので、自分のからだのこと、性のことは運よく知識として得ることができたけれど、性を肯定的に受け止めることはできませんでした。私が学生時代に抱えていた罪悪感や後ろめたさを、うまく昇華できたのは【包括的性教育】に出会ってから。10年以上の時間がかかりました。
性行為には3つの側面がある
学生時代の経験もあり、触れ合うこと、特に性行為はしてはいけないこと、良くないことと思っていた時期がありました。それを変えてくれたのが、包括的性教育を学びはじめて読んだ『おうち性教育はじめます』という本。
村瀬幸浩先生によると、”性行為には大きく3つの側面がある”というのです。皆さん、ご存じですか?私が包括的性教育を学びはじめて、特に印象に残っていることでもあるので、紹介したいと思います。
生殖の性
一つ目が、「生殖の性」。私が性行為と聞いて、まずイメージしていたのもこれです。子どもをつくる、生物学的に次の世代へ命をつなぐという役割ですね。学校で教わる性教育の多くは、この側面に集中しているのではないでしょうか。
からだの仕組み、受精や妊娠のプロセス、避妊の方法など、お互いのからだやこころを理解し守るうえで欠かせない知識です。ただ、「生殖の性」だけか…というとそれも違う。愛情表現や素晴らしいものと語られることもあれば、性犯罪や性感染症のように危ないものとしても語られることがありますよね。
快楽・共生の性
二つ目は「快楽・共生の性」です。これは、触れ合いや親密さを通して得られる心地よさ、安心感、幸福感を重視する側面です。相手とのコミュニケーションを通して、歓びを分かち合う性行為。
これで得られるのは、体の気持ちよさ(身体的・生理的快楽)と心の気持ちよさ(精神的・心理的快楽)のふたつ。快楽の性と聞くと、体の気持ちよさばかり語られるイメージがありますが、心の気持ちよさである安心感や一体感は相手のいる性行為でしか満たせないものです。
私自身、「快楽」という言葉に抵抗がありましたが、”快く楽しいことを味わうことは生きる上での喜び”という村瀬先生の言葉を聞いて、大切なことだ、私にとって欠かせないものだと感じていいんだ!と思えるようになりました。
支配の性
三つ目は「支配の性」です。相手を対等の存在と考えず、地位や立場、腕力、お金などを使い、ときに愛という名目で自分の言いなりにさせようとする性行為のこと。愛し合っているつもりでも、関係が対等でなくなれば、それは「支配」になってしまいます。
アダルトビデオやアダルトサイトの情報には、この支配の性を扱ったものが多いですよね。こういった媒体で、性を学んでいく子どもたちは一体どうなるのか…これらが表現しているのは、暴力的な「支配の性」。これがセックスなんだと刷り込まれてしまうと、共に楽しく生きるための性行為が、暴力になることも…
私たちは生殖の性について、十分ではないかもしれませんが、学ぶ機会があったと思います。そして、AVやアダルトサイトの情報には支配の性を扱ったものが圧倒的に多い。二つ目の快楽・共生の性についてはどうでしょう。みなさん、知る機会はありましたか?
あのときの私へ これからの子どもたちへ
知りたかった「共生の性」
私が学生時代に周りの環境から刷り込まれたのは、「生殖の性」と「支配の性」に関することでした。性行為はよくないこと=避妊に失敗すれば妊娠に至ったり、性感染症のリスクがあったり、自分のからだとこころが傷つく危険があるんだ、という認識でした。
じゃあ、「触れ合いたい」という私の気持ちは?性行為なんてダメダメ、危険だよと言われ続け、性に対してネガティブなイメージを植え付けられ、それでも「触れ合いたい」と思ってしまう私は、おかしい、ダメな子だったのでしょうか。
性教育を学びはじめて、「快楽・共生の性」という側面があると知り、お互いを尊重し合い、歓びを分かち合う触れ合いは、大切なものなんだと感じられて、自分自身の気持ちを肯定できた気がします。あのとき、私が教えてほしかったことは、このことなんだ!とようやくわかったのです。
これからの子どもたちに伝えたい包括的性教育
私が経験したようなことを、子どもたちには感じてしてほしくない。性をポジティブに受け止められるように、生きていく上で大切なことだと感じてもらえるように、包括的性教育の大切さを改めて感じます。
性教育は「生殖の性」のイメージが強いですが、それだけでないんです。子どもたちが自分のことを大切にし、相手のことも大切にする力を育むもの。まずは、「生殖の性」について科学的に正しい知識を伝えた上で、子どもの状況に合わせ、「快楽・共生の性」や「支配の性」についても伝えていけるといいなと思います。
自分のからだ/自分のこころは自分のものだということ、自分のからだのことを決める権利は自分にあるということ。お互いのからだとこころを大切にする力を育むためにも、小さい頃から日常生活でからだの権利を尊重される経験を積むことは、子どもにとって大切です。
その積み重ねが、お互いを尊重した人間関係を築く力になり、相手の対等な人間として扱わないといった「支配の性」によって刷り込まれる感覚を避けることにも繋がるのではないでしょうか。
さいごに
私は「共生の性」を知って、ようやく自分の気持ちを肯定できるようになりました。触れ合いたいという気持ちは、(個人差があったり、個人のセクシュアリティにもよっても異なってきますが)自然で、大切にしていいものだと感じています。
子どもたちには、性を「ダメ」「危ない」といった禁止や脅しではなく、ポジティブで、いいものだと感じられるような関わりができたらな、と思っています。また、性行為の3つの側面を知ることは、私たち自身の価値観を見つめ直すきっかけになるのではないでしょうか。そして次の世代に、健やかで安心できる性のあり方を伝えていくための力になると思います。