性教育

「ピンクは女の子の色やねんで」

もえ
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「ピンクは女の子の色やねんで」と言った長男とのエピソードから感じた私の気持ちを書いてみました

「ピンクは女の子の色やねんで」

「ピンクは女の子の色なんやで」あるとき、長男が言いました。子どもたちには、意識して言わないようにしていた言葉だっただけに、ちょっと驚きました。日々の生活の中で “男の子らしさ”“女の子らしさ”というメッセージをたくさん受け取っている子どもたちが、そう思うのも無理はないのかも…?今回は、わが子の言葉をきっかけに、ジェンダーについて考えてみたいと思います。

ピンクは女の子の色やねんで

エピソード① 雨の日の話

雨の降る帰り道、保育園を出たところで、卒園した男の子がピンクの傘をさしていました。
それを見た長男が、「なんでピンクの傘なん?ピンクは女の子の色やねんで」と言うのです。突然の言葉に、私は思わずびっくり。少し前の出来事なので、そのとき自分が何を返したのか、はっきりとは覚えていません。でも、帰り道に話した会話は、今でも印象に残っています。

「どうしてそう思ったの?」と聞くと、長男は「だって、保育園で女の子はピンクが好きやねんでって言ってたから」と答えました。なるほど、そういうことか。私は「そっか。でもママはね、誰がピンクを好きでもいいと思うな」と、そんなふうに伝えたのを覚えています。

エピソード② 朝の食卓で

ある朝のこと。バタバタと朝食の準備をしていると、長男と次男が言い合いをしていました。次男が自分でお手拭きを出してきたのですが、それを見た長男が、「ピンクのお手拭き出してる~。〇〇(次男)は女の子や~」とからかっていたのです。

次男は泣きそうな顔で「ちがう!!!」と怒っていました。私は「もう!ピンクやから女の子とかないねん!」とつい声を荒げてしまい、そのあと「お願いやから早くご飯食べて!」と、慌ただしい朝の現実に戻っていきました。

長男の言葉を聞いて考えたこと

長男の言葉を聞いて、正直とても驚きました。というのも、私は「男らしい」「女らしい」という言葉を使わないよう意識してきたつもりだったからです。それでも、子どもの中には「ピンク=女の子」というイメージが根づいていた。え、どうして?と戸惑う気持ちがあったのです。

ふり返ってみると、エピソード①のときは落ち着いて対応できました。「どうしてそう思うの?」と問いかけ、長男の考えを聞いてから、自分の思いを伝えることができた。でもエピソード②では、朝の忙しさもあって、「誰が何色でもええねん!」と、ほとんど反射的に言ってしまいました。

あとから考えると、私は長男の発言を「よくないこと」と決めつけていたのかもしれません。でも、本当にそうなのかな。長男が感じたことそのものには、きっと“良い・悪い”なんてない。それでも私がモヤモヤするのは、その思い込みが、自分を苦しめたり、誰かを傷つけたりすることにつながるかもしれない——そう感じているからなんだと思います。

そして、この出来事を思い返したとき、心残りがひとつ。それは、「なんでピンクの傘なん?」と言われた男の子に、何も声をかけられなかったことです。その場では長男の言葉に気を取られてしまっていたけれど、家に帰ってから「相手の子はどんな気持ちだっただろう」と考えました。

もしかしたらお気に入りの傘だったかもしれない。
もしそうなら、悲しい気持ちになったかもしれない。
あるいは、色なんて気にしていなかったかもしれない。

それは本人にしかわからないけれど、「何も言えなかった自分」に少し後悔が残りました。もし、もう一度あの瞬間に戻れるなら、こう伝えたいです。

「私はその傘、とてもいいと思う。もしお気に入りだったのなら、長男の言葉で悲しい気持ちにさせたよね。ごめんなさい。私もピンクが好きなんだ。誰がどんな色を好きでもいいよね。」

これから私にできること

あの出来事をふり返っているうちに、「私がそう思わせたのかな」と、少し自分を責める気持ちもありました。親の影響は大きいと思うからこそ、どこかで自分の言葉や関わり方が影響しているのでは…と感じたのです。

でも、よく考えると、それだけじゃないのかも。テレビをつければ、女の子向けのおもちゃはピンクやキラキラが多く、男の子向けのものは強さやかっこよさを前面に出している。そんなメッセージを、子どもたちは日々たくさん受け取っています。

家庭でどれだけ意識していても(意識しているつもりでできていないってこともあるんだけど…)、社会の中には「男の子らしさ」「女の子らしさ」というイメージが溢れている。だからこそ、子どもがそう感じるのも無理ないな、とも思います。

一度伝えただけでどうなるものでもない。だから私は、これからも何度でも伝えていきたいと思っています。「ママはね、こう考えてるよ」「その考えは、あなたや誰かを苦しめることになるんじゃないかなって思うんだ」そんなふうに、繰り返し対話を続けていくことが、今の私にできることだと思うのです。

多分、というか確実に、私にも気が付いていないだけで性別に関する思い込みがたくさんあって、無意識のうちに誰かを傷つけたり、自分を苦しめたりしていることがあると思います。だからこそ、まずは私自身がアップデートし続けること。いろんなことにアンテナを張りながら、「どうしてそう感じたのか?」と自分に問いかけていくこと。それを大切にしていきたいです。

そして、子どもの発言を“良い・悪い”でジャッジしないようにしたい。「そう思ったのはどうしてだろう?」「その考えの奥には、どんな気持ちがあるんだろう?」そんなふうに、子どもだけでなく自分自身の中にもある“当たり前”と向き合う時間を、これからも大事にしていけたらと思っています。

絵本という、心強い味方

朝の食卓での出来事があってから、「どうしたら“誰がどんな色を好きでもいい”って伝わるだろう?」と考えていました。どう言葉にすればいいか迷ったとき、私がよく頼りにしているのが絵本です。絵本は、親子でいっしょに感じたり、考えたりできる“対話のきっかけ”をくれる存在。遊びの中でも、触れ合いの時間でも、絵本がそっと橋渡しをしてくれると感じています。

そんなときに出会ったのが、『ピンクはおとこのこのいろ』という絵本。どんな色も、みんなの色だよ。シンプルだけれど、まっすぐに“多様性”を伝えてくれる一冊です。その人が「好き」と思える気持ちを大切にできる世界であってほしい——そんな願いを込めて、これからも絵本を通して、子どもたちと一緒に考えていきたいと思います。

もえ
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子どもたちが自分らしく生きていけるように伝え続けたいなと思います。