ひとりごと

『女性の休日』を観て

『女性の休日』を観て

1975年10月24日、アイスランド全女性の90%が仕事や家事を一斉に休んだ、前代未聞のムーブメント「女性の休日」。国は機能不全となり、女性がいないと社会がまわらないことを証明した、国のあり方を変えた日でもありました。映画『女性の休日』は、その実話をもとにしたドキュメンタリーです。

この映画を観て、胸が熱くなり、そして少し苦しくもなりました。性教育を伝える活動をしている私が、この映画を通して感じたことを、今日は書きたいなと思います。

映画『女性の休日』

映画『女性の休日』公式サイトはこちら➡映画『女性の休日』オフィシャル・サイト

この映画のことを知ったのは、所属しているオンラインコミュニティ「母親アップデートコミュニティ」での投稿からでした。「これは観なければ」と思ったのは、性教育の活動をするなかで、ジェンダーについて考えることが増えたから。

1975年、アイスランドの女性たちが一斉にストライキを起こした実話。アイスランドの女性たちのインタビュー映像を見ながら、私は胸が熱くなりました。なんてかっこよくて、キラキラしてるんだろう。でも同時に、「私にはできない」「こうはなれない」と思う自分もいました。感動と同じくらい、複雑な思いが押し寄せてきたのです。

複雑な思いはどこから

性教育を学び始めてから、「当たり前」だと思っていたことの多くが、男性が考えた男性主体の社会構造で形づくられてきたものだと知りました。私は”女として”育てられてきたのか…と気づいたのは、性教育を学びはじめてから。なので、ほんとうにごく最近のこと。

思い出した母の言葉

私が看護師になったのも、その延長線上にあって…進路を決めるときに、母に何度か言われた言葉。「女の人は手に職を持っていたほうがいいよ。結婚して子どもがいても、手に職があればなんとかなる。」高校生の私は、それになんの疑問も持たず「そうだな」と思っていました。(いま思えば、なにしてんねん、私と自分をぶん殴りたい…)

もちろん、選んだのは自分。看護師になったのも、結婚したのも、子どもを産んだのも、誰かに強制されたわけではありません。子どもたちがいて幸せだし、看護師という仕事も素敵だなと思っています。でも、少なからず影響を受けていたと思うのです。

母の言葉が象徴するような、社会がつくってきた「女性の生き方」のかたち。私に刷り込まれていた無意識の思い込みが、“自分の選択”にも大きく影響していたことに、今になって気づきました。この社会構造を知れば知るほど、「選んだ」と思っていたことが、どこか“選ばされていた”ようにも感じます。

夫との会話で

夫とジェンダー平等について話していたときのこと。(おそらくSDGsの目標にジェンダーのことかいてあるやん!といった話の流れだったような…)夫が「女の人も上に立ったらいいんじゃないの。社長とか、管理職とか、議員とかやらないだけなんじゃないの?」というようなこと言ったんです。(一言一句覚えていないのが悔しい…でも、こんなニュアンスのことを言っていました)

その瞬間、私は思わず言い返していました。「私たちには、そんなロールモデルがあまりにも少ないんだと思う。あなたたちが自然に描ける将来像を、将来こうなれると思えるようなものが、あなたたちと同じように描けたわけじゃない!」

あのときの私としては、よく言ったと思うけれど…でも、足りなかったとも思っていて、溢れ出す思いをうまく言葉にできなかったことが、自分のあまりの“語れなさ”が、悲しくて、悔しかったのを覚えています。これじゃ全然伝えられない。ようやっと絞り出した一言が、まだ足りない。もっと伝えたいのに、うまく言葉が見つからない。あの無力感は、今でも胸に残っています。

夫はこれまで、3人の子どもの育休をそれぞれ1年、4ヶ月、半年としっかり取得してくれて、家事も育児も積極的にしてくれる。そんな夫の口から出た言葉に、「それでもこんなにも分かり合えないものなんだ」と、一瞬、絶望にも似た気持ちがありました。そして同時に、夫も“男として”育てられたのかも、と気づいた瞬間でもありました。

映画の中で印象的だった言葉があります。「私たちは男性を憎んでいるわけじゃない。ほんの少し、変わってほしかっただけ。」私も夫を、男性を憎んでいるわけじゃない。むしろ、夫の私にない素敵なところに惹かれている。ただ、私が生きてきた、生きているこの社会を、私の目を通して見えている世界をほんの少し、知ってほしい。

私の一歩 ~性教育を伝える~

日本で同じようなストがあったら、私は参加したい。そう思う気持ちはあるけれど、現実には、夜に出かけたいと夫に言うことさえ、少し言いにくい。それはなぜか。私が思い込んでいる、母親として、妻として、女性として「こうあるべき」が、そうさせているのだと思います。

気づけば、ずいぶんと思い込んでいる自分がいますね。別にただ夜の飲み会に出たいって言うだけなのに、「言わずに諦めて違う楽しみ見つけた方が楽かも…」と、そう感じるほどに、私にとっては勇気のいること。

だからこそ、私は“言葉”を持ちたい。この社会の構造を語れる言葉を持ちたい。男性と女性を対立、分断させるためではなくって、一人ひとりが「どんな自分でもOK」と思える社会を目指すために。この社会で起こっている苦しみやしんどさを、自分の言葉で語れるようになりたい。まだ、私にはその言葉が足りなくて、足りないなりに、今書いています。

そして、改めて思うのが、これからも性教育を伝える活動に関わり続けたいということ。性に関する知識を届けたいという想いから始めた活動だけれど、それだけじゃない。誰もが自分らしく、こころもからだも健康に幸せに生きていける社会を、子どもたちに届けたい。

『女性の休日』のなかで、スト当日に歌われていた”闘争の歌”。その歌詞の一部が、

やるの?できるの?必ずやる!いつか子どもたちは言うだろう「母さんが間違いを正してくれたよ」いつか子どもたちは言うだろう「これこそ私が求める世界」

私にできることってなんだろうと、この映画を観てから考えていました。私は、私のエゴかもしれないけれど、「ママのおかげで、この社会が少し歩きやすくなった」と子どもたちに言ってもらいたい。その方法が、性教育を伝えることなんだとしたら。私は、必ずやるから。見ててね。

もえ
もえ
映画『女性の休日』を観て、感じたことを熱いうちに。