わが子たちのやりとりから考えた『同意』のこと
わが子たちの日常のやりとりを見ながら、「同意って本当にむずかしい!」と考えさせられることがありました。包括的性教育で大切にしたい「境界線」や「同意」。特別なものとして学ぶもののではなく、毎日の暮らしの中で伝えられることはたくさんあるなぁと改めて感じています。
今回は、最近のわが家での出来事を通して感じたことを書いてみたいと思います。
「~していい?と聞いたからOK」なのか
わが家の三男は、ご飯を食べるのがいちばん最後。子どもたちはみんなフルーツが大好きなので、食後によく出すのですが、三男がまだご飯を食べている間に、兄たちは先にフルーツまで食べ終わってしまいます。そうすると、三男のお皿のフルーツがしょっちゅう狙われるんです。
その日のフルーツは、子どもたちが大好きないちごでした。兄たちはいちごを食べ終わり、「おかわりほしい!」と言いましたが、きょうはもうない…そんなとき、兄が三男のお皿に残っているいちごを発見しました。
以前、兄たちが三男のものを勝手に食べてしまったことがあり、「せめて聞いてからにしなさい」と何度も伝えていました。なので、その日は聞いていました!顔をめちゃくちゃ近づけながら、「食べていい?いい?いい?」と。三男は、「いいよ」と答えたので、兄もいちごを食べました。でも、そのあと三男がぽつりと、「ぼくのいちご……」と悲しそうに言っていて…

確かに兄は聞いていたんです。三男も「いいよ」と言っていた。私に、三男の本当の気持ちはわからないけれど、ちょっと想像してみる。あれだけ勢いよく聞かれたら、「いいよ」と答えてしまっただけかもしれない。何を聞かれているのか、よくわからないまま返事をしたのかもしれない。もしかしたら、まだおかわりがあると思っていたのかもしれない。
本当の気持ちはわからないけれど、「『いいよ』って言ったけど、まだ小さいし、どういうことかわからずに答えちゃうこともあるんじゃないか」と兄たちには伝えてみました。
この子どもたちのやり取りを見ながら、「~していい?と聞いたからOK」というわけではないし、「いいよって言ったから、YES」というわけでもないと、改めて感じました。
返事を急かしていないかな、相手は内容を理解できているかな、立場や力の差はないかな、本当は断りたいと思っていないかな、途中で気持ちは変わっていないかな…こんなこと、私も子どもたちとのやり取りや誰かとコミュニケーションをとるなかで考えられているかと言われると、できてない!
今回の出来事を振り返ってみても、「あれ?私もYESのカツアゲしてるやん」と反省…。子どもたちに、「わかってるよな?」「もうせえへん?」「いいな?」と言いながら、実質的には「YES以外言いにくい空気」を作っていることがある。子どもの姿を見ながら、自分自身の姿も見せてもらった気がしました。
「言うこと聞かなかったら怒るで!」
もうひとつ、最近気になることがあります。長男が弟たちと遊んでいるとき、自分の思い通りに動いてくれなかったり、触ってほしくないものを触られたりすると、「言うこと聞かなかったら怒るで!」と言うんです。

それを聞いた瞬間、「あぁ……完全に私やん」と思いました。時間に追われているとき、疲れているとき、余裕がないとき、私はつい、「早くして!」「いい加減にして!」と大きな声を出してしまうことがあります。怒ることで動かそうとする。不機嫌になることで相手をコントロールしようとする。そんな関わり方を、私自身もしているんですよね。
もちろん、毎日穏やかになんて過ごせない。イライラする日もあるし、余裕がない日もいっぱいあります。でも、その感情をどう表現するかは考えていきたい。子どもをコントロールするための言葉ではなく、「私は今こう感じている」「こうしてもらえると助かる」そんな伝え方を少しずつ増やしていきたいなと思っています。
子どもたちの素敵なやり取りもご紹介!
反省ばかりの日々ですが、いいね!と思うやり取りももちろんあります!最近のわが子たち、お風呂タイムにジョウロで水をかけ合って遊ぶのがブームです。でも楽しくなりすぎて、「やめて!」と言われてもかけ続けることがよくあります。
私は子どもたち3人から、○○がみずかけた!やめてっていってもやめてくれへん!と言われ過ぎて、もう!ゆっくり洗われへんやんか!と、「水をかけてる本人は楽しいかもしれへんけど、かけられていいのかいやかはわからん。やから、~していい?って聞いてからにすんねんで!」と伝えました。
もちろん、その場では「はーい」と返事をしていましたが、その後もほんまに聞いてたんか…?と思うくらい、やめてと言われても水をかけあったりはしていました。私はそれを横目で見ながら、「またやってるなぁ」なんて思っていました。
遊んでいる様子をしばらく見ていると、三男が次男に、「(かけても)いい?」と聞いたんです。すると次男が、「頭はいいよ。でもお腹と肩はだめだよ」と答えていました。

私は思わず心の中で拍手!「そうやって、聞いたり答えられるのいいね」と子どもたちに伝えていたとも思います。そして同時に、「えっ!頭はいいんや!」とちょっとびっくり。私は勝手に、頭から水をかけられるのは嫌だろうと思っていたので。(私が頭から水をかけられるのがちゃくちゃ嫌だから…)人によって心地よいことも嫌なことも違うんだな、とこれまた改めて感じました。
一朝一夕では身につかない
包括的性教育で、小さい頃から伝えたい『からだの権利』や『境界線と同意』のこと。誰がどういうふうに自分のからだに触れるかは、自分で決められること。されて嬉しいことも、嫌だと感じることも人それぞれ違うこと。嫌だと思ったら嫌と言っていいこと。自分の気持ちも大切にして、相手の気持ちも大切にすること。「〜していい?」と聞くことが大事たどいうこと。
でも、それを一度伝えたからといって、すぐにできるようになるものではないんですよね。私自身、三男を出産してから改めて包括的性教育を学び始め、境界線や同意の大切さを知り、意識して実践し始めたのもここ2年ほどです。それまで全然意識してこなかったことだから、うまくできない日もたくさんあります。子どもたちと実践して、失敗したらごめんねと言い、いいかんじにできたらやったね!となり、子どもたちと一緒に学んでできるようになっている感覚です。
できていないことばかり数えがちな私ですが、今回のお風呂でのやり取りのように、子どもたちが自分の気持ちを伝えられたり、相手の気持ちを尊重している場面もたくさん見ている。子どもたちの素敵なところ、そして、私のできていることもきちんと数えてあげたいなと思います。
こういったコミュニケーションのスキルは、一朝一夕で身につくものではないからこそ、日々の関わりの中で“からだの権利”や“境界線と同意”を意識した関わりが大事だなと改めて感じます。そして、特別な教材や特別な時間がなくても、暮らしの中には伝えられることがたくさんある。それを、私自身実践しながら、その大切さをこれからも伝えていけたらなと思っています。







