映画『藍反射』を観て考えたことpart①
先日、NPO法人HIKIDASHIの代表 大石真那さんが映画『藍反射』の上映後トークショーに出られるとのことで、元町映画館に映画を見に行ってまいりました!

25歳の深山はるか(道田里羽)は、仕事やボランティアに奔走しながら、恋人との結婚を夢見てアクティブに日々を過ごしていた。ある日、同窓会で再会した友人から不妊治療中であることを打ち明けられ、ショックを受けたはるかは、勧められるまま婦人科を受診し「女性なのに男性ホルモンが多い」と診断されるも、忙しさの中で対症療法的に片付けてしまう。しかし、不調を抱えながら迎えた大切な日、大量の出血に見舞われる。昔から持ち前の行動力で他者のために奔走してきたはるかだったが、自身の悩みは誰にも共有することができない……。そんな折、はるかは薬局で万引きを疑われている中学⽣・優佳⾥(滝澤エリカ)と出会う。彼氏に依存し、家族や友人と距離を置く優佳里。はるかは、そんな優佳里や周囲の人々を通して、今までの自分を見つめ返しながら、未婚のままひとり静かに疾患と向き合っていく。
この作品は、多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)と診断された主人公・はるかを中心に、「産む・産まない・産めない」をめぐる女性たちの揺らぎが描かれた映画です。はるかは親友の早発閉経をきっかけに婦人科を受診し、自身が多嚢胞性卵巣症候群であることを知り、自分の人生やパートナーとの関係について向き合っていきます。
一方、この物語には中学3年生の優佳里という女の子も登場します。生理が来ず、「妊娠したかもしれない」という不安を抱えながら過ごす優佳里。高校3年生の彼氏・雄大とのやりとりや、そのときの心の揺れも描かれていました。
映画を観ながら、そして上映後のトークショーを聞きながら、本当にたくさんのことを考えました。生理不順のこと。婦人科受診のこと。妊孕性のこと。卵子凍結のこと。予期せぬ妊娠のこと。知る権利や選ぶ権利のこと。そして、自分自身の経験のこと。
なかでも強く心に残ったのが、優佳里の姿でした。生理が来ない、妊娠しているかもしれない不安。誰かに相談する勇気。その姿を見ながら、私は大学生だった頃の自分を思い出していました。今回は、『藍反射』を観て思い出した20歳の頃の私について書いてみたいと思います。
※今回は、避妊、性交渉にまつわる私自身の経験を書いています。読んでいてしんどくなりそうな方や、今は読むタイミングじゃないなという方は、どうぞ無理をなさらず。また読みたくなったときに、戻ってきてもらえたら嬉しいです。
20歳のときの経験
次の生理が来るまでの、あの不安
大学生2年生の頃、生理が1週間ほど遅れたことがあります。当時、パートナーがいて、避妊はしていて、避妊に失敗した記憶もありませんでした。それでも、生理が来ない。私の頭の中に浮かんだのは、”妊娠” の2文字。
そのときの私はだいたい28日周期で生理がきており、1週間遅れることなど経験したことがありませんでした。もし妊娠しているなら早く分かった方がいい!と、1週間遅れているのに気が付いたタイミングで、婦人科受診。結果、妊娠していないとわかり、ホッとしたのを覚えています。
あれ、遅れているなと気づいたときから、妊娠していないとわかるまで、とてつもなく長く感じました。朝起きても。大学へ向かう電車の中でも。授業中も。友達と話しているときも。寝る前も。頭の片隅にずっとある。何をしていても気になる。もし妊娠していたら?の不安。
性教育を学びはじめ、今思うのが…この不安を、妊娠しない性である男性がどこまで知っているんだろう、想像しているんだろうと。妊娠するのは女性で、身体的、心理的な影響はもちろん、妊娠出産後のキャリアなど社会的な影響など負うものが大きい。
中学生くらいから、恋人ができると「(妊娠したらどうなるか)わかってるやろな」と母親に言われ続けてきた経験があります。当時から、母が心配していたこともわかっていました。若年妊娠・出産は女性の身体に大きな負担を伴いますし、学生の私にとっては学業や将来の進路にも大きく影響する出来事になることもわかっていました。きっと母は、私を守りたかったのだと思いますが、その言葉は私の中で「妊娠してはいけないもの」「絶対に失敗してはいけないもの」というものとして残っていました。
そんなこともあって、性交渉(というと少し固い言葉ですが…)、好きな人と親密な関係になることに、私は喜びや期待と同じくらい不安や怖さもありました。でも、好きな人と触れ合いたい。でも、妊娠するかもしれない行為に不安や怖さがあったのです。
当時のパートナーにも、その気持ちを伝えたことがあります。20歳のときです。「したい気持ちはあるけど、学生の間に妊娠ってことになると不安だし、怖い。したいけど、したいと思えない」その気持ちを伝えたとき、返ってきたのは「(避妊してたら)大丈夫だよ」という言葉でした。
性感染症予防や避妊法として使用されるコンドームですが、1年間の避妊失敗率は一般的な使用だと15%(理想的な使用だと2%)と言われています。当時の私は、看護学を専攻していたこともあり、ここまで具体的な数値までは知らなかったですが、コンドームで絶対避妊できる、大丈夫とは思っておらず、失敗する可能性があるものという認識でした。
なので、避妊をするから大丈夫だよと言われても、実際にコンドームを使用してくれていたとしても、どんなに幸せで心も身体も満たされる触れ合いだったとしても、次の生理がくるまで頭の片隅には「大丈夫かな…妊娠していないかな…」があったのです。
開いている婦人科を探した日曜日
これも大学2年生の頃、コンドームが途中で外れてしまったことがありました。避妊に失敗した!そう思った私は、すぐに今から受診できる婦人科を探しました。その日は、日曜日でした。
調べたら近くに1件、今すぐ受診できる婦人科があり、緊急避妊薬を処方してもらいました。費用は、1万5千円くらいだったと思います。当時私はアルバイトをしていて、パートナーは社会人でした。支払いは、パートナーがしてくれました。
大学の授業で緊急避妊薬の存在や72時間以内の服用が必要であること、早い服用で効果が高くなることを知っており、行動することができました。ただ、そのときの医師から言われた言葉が、すごく心に残っています。「妊娠したくないならピル飲んだらいいのに」そのようなことを言われて、傷ついたのを覚えています。
当時はショックで、自分が責められたような気持ちになりました。もちろん、ピルが女性の意思でできる避妊法だということも知っているし、避妊失敗率が低いことも知っている。ただ、私はPMSに悩んでいたからピルを処方してもらい、飲んだこともあったけど、副作用なのか途中で気持ち悪くなってやめたんだよ。しかも、ピル処方してもらうのだってそんなに安くない、毎日飲み忘れがないように飲むのだって大変なんだよ…。言いたいことはたくさんあったけど、言えなかったなぁと今になっても思い出します。
あのときの私へ これからの子どもたちへ
今だから言える、20歳の私に伝えたいこと。まず、その不安はおかしくなかったよということ。生理が来るまでの不安。妊娠するかもしれない怖さ。好きな人と触れ合いたい気持ちと、妊娠への恐怖の間で揺れる気持ち。どれも自然なものだったと思います。
そして、その不安は女性が一人で抱えるものではないと思っています。妊娠は女性だけでできるものではない。妊娠するには、当然相手の男性がいます。妊娠を、その負担を女性だけが負う社会であってはならない。生理が来るまで不安を抱えること、妊娠したかもしれないと悩むこと、避妊について考えること、それは女性だけのものではないはずです。
そしてもう一つ、失敗することはあるということその前提を、大人がもっと伝えていかないといけないなと思っています。国際セクシュアリティ教育ガイダンス(国際的な性教育の指針・ガイドラインのようなもの)の中には、包括的性教育が扱う内容が8つ、キーコンセプトとして書かれており、それぞれにもっと詳しい内容:キーアイデアが書かれています。その中のひとつに、こんな文章があります。
「意図しない妊娠というのは起こるもので、すべての若者は健康やウェルビーイング(幸福)に必要なサービスや保護にアクセス可能であるべきである」
私は、今まで受けてきた性教育や身近な大人の言動から、「意図しない妊娠をしないように」というメッセージばかり受け取ってきたように思います。「意図しない妊娠は起こりうるものだ」と思えている大人ってどれだけいるんだろう。私は自分自身で性教育を学ぶまで、望まない妊娠はしてはいけないものだって思っていました。だから、余計に触れ合うことに不安や怖さがあったのだと思います。
例えば、この映画に出てきた優佳里のように、中学3年生で妊娠したかも…と聞いたら、何を思いますか?何と言いますか?「なんで避妊しなかったの」「何やってたの」「責任取れるの」「これからどうするつもりなの」「だから言ったのに」「自業自得だよ」とか、かつての私だったらこう思っていたかもしれない。
もちろん、妊娠を望んでいないのであれば、妊娠の可能性や避妊について知り、自分にできる予防の方法や、万が一のときに取れる行動について学ぶことは大切です。でも、性教育は避妊の方法を知ることだけではありません。自分の気持ちを言葉にすること。相手の気持ちを尊重すること。対等な関係を築くこと。困ったときに助けを求めること。子どもたちが、自分のからだとこころを守りながら、自分らしく選択できるようになること。そのために必要な知識や態度、スキルを学ぶ機会を保障することも、私たち大人の役割なのだと思います。
そして、私たちの前提を変えていかない限り、いつまで経ってもこの現状は変わらない気がしています。もちろん、意図しない妊娠は起こらないに越したことはありません。でも、人が生きている以上、予想していなかったことや失敗は起こり得ます。
だからこそ大切なのは、意図しない妊娠が起こったときに、若者たちが安心して助けを求められることだと思うのです。今の社会には、相談する前から自分を責めたり、周囲から責められることを恐れたりする空気がある。必要な医療や支援につながる前に、「どうしてそんなことになったの?」と原因ばかりを問われることもある。そして、妊娠したら学業や将来を諦めなければならないと思わされている若者も少なくないはずです。
私は、そうした現状を変えていきたい。もちろん、望まない妊娠を防ぐための知識やスキルは大切です。でも、それだけでは十分じゃない。失敗は起こり得る。だからこそ、そのときに必要な情報や医療、支援につながれること。そして、一人で抱え込まなくていいと思えることが大切なのだと思います。
子どもたちからのSOSに対して、「なんでそうなったの?」ではなく、「よく話してくれたね」と受け止められる社会であってほしい。困ったときに安心して相談できる大人や場所が、もっと当たり前に存在する社会であってほしい。
映画『藍反射』を観て、上映後のトークショーを聞いて、まず心に浮かんだことを書き残してみました。でも、実は書き足りない!この映画から考えたことは、まだたくさんあります。忘れてしまう前にまずはここまで。続きも、また書いてみようと思います。







